思考のフリーズと温泉(フリーズ篇)

2020年11月11日

先日のレッスンを振り返ってみた時のこと。
「あれ?そう言えば、フリーズがあんまり起きてなかったな・・」と思いました。

基本ビビリのわたくし。
日常的に「思考のフリーズ」がちょいちょい発動します。
例えば、

1.予想外の出来事が起きた時。

2.選択肢がありすぎて、どれが最善か分からなくなった時。

3.「上手くいっているのかどうか」の判断がつかない時。

大体この3つのバリエーション、組み合わせによって、
思考が「ピキーン」と真っ白くなっちゃうんです。

フリーズしている時は、「どどどうしよう?」となっていたり、
1つの問題に固執してしまい、「総合的にどうなのか?」という方向に注意が向かなくなってしまっていたり・・。
これは日常での「クマガイあるある」なので、当然ワーク中にも起きるわけなんです。
困ったAT教師ですよねぇ。
でも、先日のレッスンではあまりフリーズが起きていなかったのです。

 

じゃあ、レッスン中に1~3が起きなかったのか?というと
ちゃーんと起きていました。
そして、その時の私の思考のプロセスは、
「捨てながら選ぶ、捨てながら選ぶ、捨てながら選ぶ・・」
こんな感じでした。

才―フィン下降    才―フィン下降    才―フィン下降

 

例えば、私から生徒さんへのアプローチが「あまり上手くいってないようだなぁ」というような時、
「目の前の問題」にいつまでもこだわって次に進めないのが私の傾向なのですが、
「じゃあ違うところから考えてみよう、別な手段に切り替えてみよう」というように、
「こだわりをポイ!」と放り投げながら、「新たな手段を選ぶ」ことが出来ていたのです。

 

でもね、根がマジメは私は、今までだって「フリーズ対策」は色々試みていたのですよ!
「捨てながら選ぶ」という方向に向かいたいと思い、あれこれ試してみてはいたのです。

試みはそこそこの成果は上げていたような気はしますが、
かなり根深い私の習慣なので一進一退だったと思います。
そして今回は、「直接的なフリーズ対策」をしたわけではなかったのに、
図らずも、フリーズは緩和されていたのでした。

 

さらに振り返って考えてみた時に、
・レッスンに行く前に決めていたテーマがキーだったのかも。
・今までのフリーズ対策も、全くムダじゃない。

こんなことに思い至りました。

サーフィン上昇中

 

その日、家からレッスン場へ向かいながら、今日心がけたいテーマを私は決めました。
それは、
「表面的な形に惑わされずに」
「全体的なつながりに戻って来るようにしよう」
「生徒さんの中に必ずある、つながりにコンタクトしよう」

こんなようなことでした。
ここで言う「つながり」とは機能的なつながりのことです。
個別の部位や部分ではなく、まるっとその人全体を見るということ、
頭ー首ー背中ーそして手足を含めた全体の相互のつながりのことですね。

 

サブテーマ的に、
「悪い所を直すんじゃなくて、つながりと共にいるんやでぇ。」
ってなことも考えました。

「どこかが固まっているから、さあ直そう」ではなく、
「何が起きても起きなくても、お互いの機能としてのつながり(プライマリーコントロール)と共にいながらワークしよう」

つまり、「やるべきこと」というよりは、「在り方」をテーマにしたのでした。
長くなっちゃったので次回へ続きます。