人間関係とアレクサンダーテクニーク(後編)

前回『人間関係とアレクサンダーテクニーク(前編)』の続きです。

 

自分で自分のウロコを落としていく

窓と女の子(白)

今までの状況について、もしも理屈で自分自身を説得するとしたら、

「上司の顔色をうかがっていてもしょうがないじゃないか。
相手の思惑は気にしないで、
必要なことを淡々と聞けばいいんだよ」
ということになると思います。

でもこういう説得って、
「わかっちゃいるけどやめられない」ってやつなんですよね。
ビクビクするのが必要ないことは分かってる。
でも、どうしたらそれをやめられるのかは、分からない
だから結局やめられないのです。

 

2つの意図(方向づけ)を持つことは、
当時の私にとっては、具体的に実践できる手段でした。
手段がシンプルであることは、とても私の助けになりました。
「どんな結果になるかは未知だけど
自分の使い方をよくするために出来ること」を、私はまず実践したのです。

窓と女の子(青空)

 

結果、窓を拭いて少しずつ汚れが落ちていくようなこと
私に起きていきました。

まず、Aさんに接している時の自分の在り方や変化に、だんだん気づいていくようになり
自分の在り方が変わると、接する相手の在り方も変わっていくらしい、
ということも見えてくるようになりました

 

汚れが落ちて、窓の向こうの景色が見えてくるようになったことで、
「実は結構汚れてたのねぇ」と気づくみたいなものですね。

どうやら、「方向づけ」を自分に送り続けることは、
自分の視界の枠を外していく、あるいは広くしていくようなことに、つながっているようです。
(「方向づけ」は英語でDirection = ダイレクション、ディレクションと言います)

そして首を固める反応は、首だけの問題ではなくて、
入ってくる情報の質や、物事の捉え方の質とも関係しているらしい、ということを、
私はまさに「身をもって」知ったのでした。

また、「Aさんに質問するの気が重いなぁ」
「何て聞いたら、やり取りが少なくて済むかなぁ?」といった、
私の「身構え」はAさんにもきっと伝わっていて、
お互いの身構えの連鎖、悪循環が起きていたんだろうなと思います。

 

そもそもAさんの考え、感じていることは、Aさんご本人にしか分かりません。
「オレに聞くなオーラ」というのは私の勝手な憶測によるもので、
本当は、単純に口ベタで緊張していただけだったのかもしれません。

でもこういうことって、理屈で自分に言い聞かせても、心から納得するのは難しい。
実際に「窓の向こうの風景」が見えてこなければ、
家の中から想像していた景色(自分の捉え方や考え方)を手放す気には、
なかなかなれないのが人情だと思います。

 

「やめるべき!」、「やめなければいけない!」が、
「やめるのが自然だなぁ」に変容していくのは、説得型では得られない体験かもしれませんね。

「目からウロコが落ちる」という言葉がありますけど、
「ウロコ落とすぜ!」っていう意図はないのに、自分で自分のウロコを落とすようなことを、Aさんとの関係を通して私は経験したのでした。

*  *  *

そして人間関係で大事なのは、
人と関わっている時の自分を、
押しつぶしたり、ガリガリガリーっと削ったりしないこと
なんじゃないかなと思います。

必要なことを相手に告げなければならない時も、自分で自分を縛りつける必要はないのです。

本当に大事なのは、トラブルを避けることよりも、
何かを選ぶ時の自分が、のびやかでいられることなんじゃないかな?

頭-首-背中に語りかけることが、
きっとそんな時の自分の支えになってくれるよ!
と、私は思っているのです。

窓の向こう

●このお話の補足エピソードです。
注意のバランス

 

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