からだと足並みをそろえたい。

馬

タイトルは、数年前に自分に言い聞かせた言葉です。
自分にげんなりし、
ものすご~く反省した上での自分への宣言でした。

以前体調が悪くなった時 (この時です)、私は

「病院に行って、薬もちゃんと飲んでるのにどうしてよくならないんだ」
「こんなに自分はがんばっているのに・・」

と、自分のからだに鞭を打つような視線を向けていました。

その後、大き目の病院へ行き検査をして、
お医者さんから
「一時的に炎症が起きていたけど、
治っていく途中が写っているんだと思います」
と告げられ、
からだがやろうとしていることと、
私がやろうとしていることが、
ズレていたことに初めて気づきました。

いつの間にか私は、からだを
「自分の言うことを聞かせるもの」
「私が支配しているもの」という視線で見ていたのでした。

そして「どうしてよくならないんだ」と
からだに鞭を打っていたまさにその時、
自分のやるべきことを
ちゃんと知っているからだは、

粛々と、自分の仕事をしていたのです。

*    *    *

例えば、からだが馬で、私が騎手だとしたら、
馬が見ている方向と、私が見ている方向が、
バラバラになってしまっている!
ものすごくショックでした。

当時アレクサンダーテクニークの
トレーニングを受けている真っ最中でした。
「自分の使い方を学んでいる私がこれかーい!」
と余計にがっかりでしたね。

 

「体調管理」という言葉がありますよね。
社会人として大事なことはもちろん分かっているんですが、

もしもこの管理というものが、
「からだに自分の言うことを聞かせよう」
という考え方とイコールならば、
私はこれをやめたいな。

遠回りになったとしても、
馬と同じ方向を見られるようになりたいな。

馬と同じ視線で世界を見て、
いつか一緒に走りたいな。

そう強く思いました。
あれは、からだと私の和解の時間だったと思っています。

馬

でもね~~。
人間って、すーぐ忘れちゃうんですよね。
「喉元過ぎれば」ってやつです。

あの時私は「ズレていた自分」を
強烈に意識したんです。

でも、調子がよくなって健康以外のことに関心が向き始めると、
「ズレていた自分」にまた戻っていることに
気づかなくなっちゃう。

そして、ちょっと体調を崩したり気になることがあったりすると、
からだに「支配者の目線」を向けてしまう。

やっぱりこれも自分の根深い習慣なんですよね。

人間って、
一度改心すればOKってわけじゃないんですよねぇ。
それはアレクサンダーテクニーク教師だって実は同じです。

でも、がっかりはするけれど、
「これも ”自分あるある” なんだな」とあきらめて、
「さぁ、ボチボチやりますか!」って、
自分にもう一度声をかけられるようになった分、
少しは成長しているのかなぁと思います。

気づいたら、忘れてたら、
その都度、

「からだと足並みをそろえよう」
「馬と同じ視線で見てみよう」
「生命の視点に戻って行こう」

めげずに何度でも思い出そうと思います。
🐎 🐎 🐎

 

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