2025年。ゆらぎまくった1年でした。

2025年12月28日

今年は特別な年となったため、私的なことを長めに書かせて頂くことをお許しください。

春に郷里の家族が倒れ、入院。夏に施設へ入所。
今年は本当に目まぐるしい1年となりました。

何もかもが初めての事で
「どこから手をつけたらいいのやら?」の案件ばかり。

たくさんの方にお聞きし、たくさん助けて頂きました。

「あ、これで一旦メドが立つかな?」と思ったところでハシゴを外され、ぐわんぐわん (揺れてます)・・といったことも何度かありました。

今年最大の収穫の1つは「成り行きが最善を起こしている」ということを身をもって知った事です。

「絶対こっちがいい!」と思ったものが上手く行かず、

「え、こっち?だいじょぶかな?」みたいな「流れてきたもの」に仕方なく乗っかったら、それが最善であったと後で分かったり。

「では、私に出来る努力って一体なんだろう?」と考える日々。

ゆらぎ まくった 1年でした。
全てがクリアになったわけではなく、今もゆれています。

 ・  ・  ・

「アレクサンダーテクニークを学ぶと選択肢が増える」

「意識的に選択出来るようになって行く」

というセオリーはどこへやら?

選ぶ→ ハズレ~!

選んでないヤツ→ アタリ~!

結果「気がついたら、何者かに選ばされていたというプロセス。

では、この「ゆらいだ時間」にアレクサンダーテクニーク(AT)は役立たなかったのか?私はATを活かせなかったのか?と言うと

やはり役立っていた。と言わざるを得ません。

「刺激に対してどう反応するか?」

「無意識に起こる自動的な反応を如何に変えていくか?」は、ATの大きなテーマのひとつです。

もしも「ゆらぎ = 自動的な反応」だとするならば、私はAT落第生かもしれません。

 

しかし、混沌にしか思えない今の状況(成り行き)に「ゆらいでいる自分」と肩を組みながら、その場に飛び込む。

気がついたら、私はこれをプロシージャのように繰り返し、去年とは大きく変わってきている自分に気づきました。

成り行きに上手く乗っかるために必要なのは「握りしめてるこぶし」 (予定、段取り、こうしなきゃという執着) を開くこと。

そして、無心でその場に飛び込むこと。

その場を受け取る力、投げ返す力が自分にあることを信じて。

画像

これは家具の大きさの型紙。
施設入所前のレイアウトチェック用です。


「ゆらいでいる自分」と肩を組む。

ゆらぎに巻き込まれたり、うんざりしたりしながらも・・。

この小さな取り組みこそ、ATによって養われてきた力なのではないかと思います。

「自分の反応に巻き込まれ」てもいい!
本当に大事なのは、
巻き込まれているこの瞬間にも、自分の奥にある生命の流れがあること。そこに対して、自分が開かれた態度でいられること。例えそれが「無意識」であったとしても・・。

そこなのではないかと思います。

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さて、
青森と東京を往復する生活にもかかわらず、レッスンを継続してくださったみなさま。

シフトをなんとかやりくりしてくださった勤務しているデイサービスのスタッフのみなさま。(絶対読んでないと思うけど)

ぽれやぁれの星河さん。

ずっと気にかけ応援してくださっていたみなさま。

JATS冊子係のみなさま。

TACのみなさん。

今年は例年以上にお世話になりました。
本当に支えて頂きました。
心から感謝申し上げます。

そして来年は・・「ケアする立場」の方たちへ向けて何か出来たらなと考えております。

「一足先に何かを体得した」立場ではなく「現在進行形で問題と格闘している者」として、誰かをケア、サポートなさっているみなさまと「キレイごとではない本当のところ」をATを通して共有出来たらいいなと思っております。

みなさま、本年も大変お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

どうぞよいお年をお迎えください。

アレクサンダーテクニーク教師
熊谷志おり