正解の保留

私の考えグセとして
「何が正解なのか?」を急いじゃう、というのがあります。


どこかに正解というものがいつもあって、
誰かがそれを知っている、という前提が
いつの間にか自分の中に出来ていて、
一刻も早くそれを知りたい!と
思ってしまうのです。

計算ドリルを自分で解かないで、
すぐに巻末の答えを見ようとする、
ちょうどあんな感じです。

さらに、自分の持っている「正しさのモノサシ」で、
人を測ろうとしてしまうこともあります。

でも、今のこの状況って、
ちょっと新しい仮のモノサシが、出来ては消えていっているように見えます。
測りきれないなぁ・・と思います。


     ・・・・・

もしも、
新しい柔軟なモノサシっていうのが、
これから出来ていくんだとしたら、
一旦、「自分の中の正解」今までのモノサシを、
保留にする必要があるのかもしれないな、
と思っています。

今までと全然違う長さ、形、材質、
あるいは本数?のモノサシを作っていく時に、
もどかしくて、ついつい自分の古いモノサシで測ろうとして、
そのことに疲れてしまったりしています。

「測りきれないものを
ムリヤリ測ろうとして玉砕!」という
疲れ方、なんだろうなと思います。


その時に「古いモノサシNG!」と、
自分を罰し、抑えつけるのではなく、
「あー、古いモノサシでがんばって測ろうとしてるなぁー」と、
その自分と一緒にいてみたいなと思います。

自分が自分と一緒にいること。

バラバラな自分じゃなくて、
頭ー首ー背中ーそして全体っていう
つながり、つらなりの自分と一緒にいること。
そこから始めて、何度もそこに戻って来たいなと
思っています。

新しいモノサシ?
アタラシイ
モノサシ?

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