泉はもうある。

湖

「水の使われ方」にたとえるなら、
アレクサンダーテクニークでやっていることは、
泉を作るのではなく、
「泉はもうあるよ」という体験を
積み重ねる、みたいなことだと私は思います。

 

私たちは日々、水を使って
農業をしたり、
料理をしたり、
そして工業にも水を使ったりしています。

水の流れから見ていくと、
それらの行為、行動の「手前」には、
水を溜めたリ、出し入れを制御したりする
ダムや水道や井戸があります。

 

それらの設備を、さらにさらに
「さかのぼる」と、
水源= 河、湖、泉(湧き水)・・
にたどり着きます。

農業や料理のやり方ではなく、
井戸や水道の作り方でもなく、
その手前の手前の領域を、
アレクサンダーテクニークでは大事にしているのです。

井戸や水道が
どこにあるかや、どこをどうひねるといいかについては、
時々立ち寄ることはあるけれど、
それは、「源流へのガイド」として便利だからです。

* * *

さてさて、ここまでの例を
「自分のやりたいこと」から見ていった場合、

・農業・料理・工業=それぞれのやりたいこと

・ダム・水道・井戸=それぞれの身体の部位・器官(骨・筋肉など

・水源・源流=人間の機能の大元(の使われ方

ということになります。

個別のやりたいこと(演奏、パフォーマンス、スポーツ、無理なく動く・・)について、
バラバラに努力することに力を使い果たすよりも
人間の機能の大元の仕組みが、
上手く稼働する方向に目を向けた方がよさそうですね。

言ってみれば機能的な「急がば回れ」です!

 

自分の中に泉が、
河が、湖が、もうありますよ。

だから、その源流の使い方を思い出していけば

そこから水を色んな用途に使えますよ。

ということを、
私たちは学び、伝えているんだと思います。

この源流のことを、
F.M.アレクサンダーさんは
「プライマリーコントロール」と名付けています。

ここでは、
「機能の泉」と言い換えてもいいかも知れませんね。

どこかに探しに行かなくても、
外側から作り上げなくても、
機能の泉はもうあるのです。

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