自分ルールの引っ越し

「私の変化」シリーズの第2弾です。
(第1弾はこちら→「わたしの肩幅!」)

今回は、目に見えない変化、
「自分ルールの引っ越し」についてです。

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苦手な人と再会したが・・。

教師養成トレーニング2年生ぐらいのある日、
とある場所で偶然、
以前職場でご一緒していたスタッフさんとバッタリお会いしました。
(例によって、詳細は多少アレンジしてお伝えしますね)

実は私、この方が少々苦手でした。
でもその日は、ごくごく普通にその場で立ち話をし、
「じゃあまた!」と言って別れました。

そうですね。
「明るく自然に談笑」といった雰囲気だったと思います。

それまでの私はと言えば、
苦手な人と楽しそうに話している時、

「お前はウソつきだな。好きでもない人と仲いいフリしちゃって・・」
責める視線を、ずーっと自分に向けて来ました。

でもこの日、私は自分を責めることが全くなかったんです。

 

ルールの引っ越し?

でも、その人に対して「話してみると意外といい人じゃない!」と思ったわけではありません。

思ったのは、
「あ~、前より元気そうだなーよかったなー」ぐらい。

そして、
「あ~私、へーきでしゃべってんなー」と自分のことを見ていました。

責めるわけでもなく、この状況を正当化するわけでもない。
どっちでもない状態を、
どっちでもないまま受け入れている自分が、なんだか不思議で面白かったのです。

 

「一貫性を保ちたい。自分の言動に矛盾がないようにしたい。」
ずっとそう思ってきた「自分ルール」が発動しない。
完全に消え去ったわけではないんだろうけど、
「となり町に引っ越しちゃったなー」みたいな感覚。

私は、
「そっか、ルールって引っ越しちゃったりするんだなぁ。」
と思いました。

 

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「じわじわ浸透」からの変化

第1弾の「肩幅」の変化もそうですが、
アレクサンダーテクニークを学び始めてからの私の変化は
「おや?いつの間に」というものが多いのです。
(「わたしの肩幅!」 参照)

ルールが引っ越しちゃったのも
「自分を責めるのをやめよう!」とがんばって取り組んだわけではありません。

「こんなルール、邪魔だから引っ越せよ!」とルールに命令したわけでもなく、
「あれ、気がついたら、いないじゃん、あいつ・・」ぐらいの感覚でした。

 

では、学校でやっていたことは何かと言いますと、

・インヒビション(今必要じゃない反応をやめる)

・ダイレクション(「自分をこう使おう」という意図・指示を自分に送る)

ぶっちゃけこればかりです!
ほんっとにしつこいくらい、毎日こればっかりやっていました(笑)。

バリエーションは色々ありますが、
究極的には、

インヒビション・ダイレクションを自分に働きかけて
「自分全体の使い方」をよりよくすること!

ほんっっっっとうにこればかりです。
3年間、1600時間ほぼこれ、と言っても過言ではありません。

パッと見、ちょっとおかしな集団かもしれませんね。
でも、この「しつこい働きかけ」が
人間の根源的な領域に、
じわじわじわ~~と届いていたんだろうなあと今は思います。

 

そして、じわじわが深く浸透していくと、
「今必要じゃない反応」は、
「さあ、やめなきゃ!」と思わなくても、
いつの間にかインヒビションされていったりするのです。

「引っ越し案件」は、まさにそんな感じでした。

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「まるごとの自分」として生きてます!

ワークでやっていることの
切り口、入り口は身体の反応についてです。

でも、ふと気がつくと
自分に対する捉え方、
さらに、人や物事に対する捉え方までもが、勝手に変わっていったりするのです。

断言は出来ませんが、
より柔軟になっていくケースが多いんじゃないかな?
私の場合は「ちょっといい加減」になっていったと思います(笑)。

 

個別の問題や症状を細かく取り上げて深追いするのではなく、
「今のわたし」の「刺激に対する反応」を見ていく。
シンプルの極み!だと思います。

やっぱり、身体と心って一体のもの。
わたしは「まるごとの自分」として生きて反応してる!

アレクサンダーテクニークを通して自分の変化・変容に気づくたびに、
私はそのことを実感するのです。

 

みじかい葉っぱの罫線(うす緑S)みじかい葉っぱの罫線(うす緑S)みじかい葉っぱの罫線(うす緑S)

「私の変化」シリーズ!
第3弾
はこちら 家族から見た「変化」

 

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