怖がり方も変わっていくよ。

「子供ってユース (use=自分の使い方)いいよね~。
のびのび自然で自由な動きだよねぇ~。」

なんて話をよく聞きます。
でも、私は全然のびのびしていない子供でした。
ユースもあまりよくなかったんじゃないかと思っています。

 

道を歩いていて、いつも思っていたのは
「ぜっっったい転びたくない!」ってこと。
地面をじ~っと見ながら、それはそれは慎重に歩いていました。

転ばないために考えていたことは
「つまずきそうになったら、いつでも止まれるように」
ということ。

身構えて準備して・・
それがいつの間にか、上への方向性を失い、
足のあちこちをギュッと固めて・・というクセになっていたかもしれない。

子供はみんな自由に見えるかもしれないけど、
そんな子供ばっかりじゃないんですよ~。
不自由な子供って、いっぱいいるんじゃないでしょうか?

 

みじかい葉っぱの罫線(うす緑S)みじかい葉っぱの罫線(うす緑S)

 

大人になってからも、
「転びたくない」という思いは根底に残っています。

「何かあったらこわいな」
「慎重に確認しつつ進もう」
こんな思いも、まだあります。

子供の時と違うのは、
そこに「自分全体のつながりを参加させていく」
さらに「自分の外側の空間にも参加してもらう」
というアイディアを採用していること。

ビビリはもはや私の芸風なので、
「もう怖くないです」ということには
今後もきっとならないと思います。

でも、今はね。
「全部の自分の応援とともに怖がっている」。
そんな感じかなぁ?
(自分の中にたくさんの自分がひしめいていて、応援しているイメージだよ↓↓)

 

チアリーダー

 

「怖れを手放せない!」とがっかりすることはないよって
私は思っています。

学びと共に、怖がり方も変わっていくんです。

ちょっとずつ自分の応援が増えていく!
それでも、いいんじゃないかなぁ?

 

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